3月11日によせて
15年前、当時私は20歳。大学2年生の終わり。『十九色』というアルバムを出したあとで、それはそれは進路に悩んでおりました。
東日本大震災が起こり、余震も続き、先の見えない状況で、「明日死ぬなら、もっと歌を歌っておけばよかったな。」と、思いました。
4月に入り、北川さんに「またライブをやりたい」と相談したのを覚えています。
『若葉のころ』の歌詞にはこんな一節があります。
漣が攫っても消せない
私だけの道標
本日、私は15年ぶりにフライングドッグよりシングルをリリースします。
このシングルの作業中、何度も何度も昔のことを思い出し、引き戻されるような気持ちになりました。変わったようで何も変わっていない、あの頃から地続きなんだと。
私は相変わらずもがいてばかりだけど、見守っていてくれる人達が今でもいてくださること、貴重でありがたく感じています。
あの頃の自分より、少しはマシになれているといいのですが。
清浦
